【Creators Interview】立教開宗記念絵はがきを描いたイラストレーター・山口哲司さん

立教開宗記念絵はがきの原画を描いた、イラストレーター・山口哲司さん「手描き染めのあたたかな風合いで表現する生き物たちのふしぎな世界」

 

法然上人立教開宗850年記念事業にお力添えいただいた、さまざまなクリエイターのみなさんを紹介するインタビューシリーズ。第二回は、立教開宗記念絵はがきの原画を担当したイラストレーターの山口哲司さんです。

 

絵はがきは五枚一組。布に手描きする山口さんの暖かい作風で、永観堂の四季とご本尊・みかえり阿弥陀さまが描かれています。手触りのよい風合いのある紙に印刷されていて、とても美しい仕上がりです。

 

インタビューでは、山口さんの作風のひみつ、絵はがきにも描かれている生き物たちのことなどを詳しく聞かせていただきました。

 

<プロフィール>

山口哲司(やまぐち・てつじ)

イラストレーター。1972年大阪生。大阪芸術大学附属美術専門学校卒業。デザイン事務所勤務を経て、2002年よりフリーのイラストレーターとして活動。風合いある綿麻の布に手描き染した作品を制作。身近な自然をテーマに、日本の季節や文化などの要素を加え、花鳥画、風景画、縁起物、風物詩などの作品を描く。広告やカレンダーのイラストのほか、近年は絵本制作なども手がける。『ねこになりたい』(山口哲司作・絵、出版ワークス、2019年)『ねこのおみやげ』(杉本彩原作 山口哲司作・絵、出版ワークス、2020)、『みちてはひいて』(ぶん・澤口たまみ、え・山口哲司、福音館書店2023年)、『カメムシかあさん』(さく・山口てつじ、福音館書店2023年)』など。

https://ichiziku.net/

 

つい生き物を描き足してしまうんです

 

――山口さんは、綿や麻などにイラストを描かれています。いつ頃からこの作風を?

 

山口氏:独立一年目くらいに個展のお話をいただいたときです。それまで勤めていたデザイン事務所では、いろんなタッチであらゆるイラストを描いていました。でも、個展となると自分の作風が必要なので、どうしようかと考えていたんですね。すると、たまたま京都の街を歩いているときに額装された手拭いを見かけて、面白そうだなと思ったのがきっかけです。染色のスキルはないので手描き染めで描いています。

 

――モチーフには、動物や昆虫など生き物をよく選ばれていますね。

 

山口氏:最初は、器や和だんすなど和のものをモチーフにしていて、何回目かの個展で花鳥画をテーマに選んだんです。本格的に生き物をモチーフとして意識しはじめたのはその頃からです。よく考えたら、僕は小さい頃から生き物が好きだったことを思い出して。

 

僕は、生まれたのは大阪市内ですが、幼稚園のときに親の実家のある奈良・御所市に引っ越して、結婚するまで暮らしていました。金剛山の麓ですごくいなかだったので、身近に昆虫もたくさんいました。家にあった百科事典シリーズのなかで、動物、昆虫、天体の巻が一番傷んでいますね。

 

――風景画のなかにも、生き物を描かれるのはどうしてなのでしょう。

 

山口氏:風景だけを描く作家さんもたくさんいらっしゃるのですが、僕は生き物を描き足さないと気が済まなくなるんです。なぜ、わざわざ一手間を加えてしまうのか自分でも説明できないのですが、「ここに猫がいたらかわいいな」「とんぼが飛んでいたらいいだろうな」と思いながらつい描いてしまう。そこに生き物がちょろっといることで、風景がちょっと身近に感じられる作品になる気がしています。

 

布に描く、山口さんの作風のひみつ

 

――日本画は絹に描かれますが、木綿や麻を選ばれたのはどうしてですか。

 

 

山口氏:ちょっと目の粗い綿麻の布の方が面白いなと思います。ただ、僕が気に入る布は次々に廃盤になってしまうので、今使っている布でもう4種類目です。いろいろ買って試すのですが、描く前に一度水に濡らしてアイロンをかけるとシワが取れない布もあって。欲しいのは生成りっぽい白さですので、場合によっては漂白して色を調整することもありますね。

 

昔と今では、描き方も変化しています。僕のイラストは色の濃淡で遠近感を出す方法は使わないので、白線でレイヤー効果を出すことを意識しています。

 

――絵はがきで描かれた木々や池は、白線を入れていない部分は一体感が感じられます。

 

山口氏:白線を入れるかどうかの加減は、いつも悩みながら描いています。今回の絵はがきも、目立たせたいところには白線を入れて、山の色は埋没させたいので入れていません

 

――それにしても、布にこれだけ細かく描きこまれるのはすごい技術ですね。

 

山口氏:かなり細い筆を使います。京都の田中直染料店さんが出している手描き染め用の絵具を使うと滲まないんですよ。

 

山口さんが使っている、田中直染料店の手描き染め用の絵具。

 

生き物が主人公、山口さんの絵本作品

 

――生き物をテーマにした絵本作品もつくっておられますね。『みちてはひいて』では、磯にはこんなにもいろんな生き物が生息しているのかと驚きました。

 

福音館書店「ちいさなかがくのとも」シリーズ。『カメムシかあさん』(山口てつじ作)、『みちてはひいて』(溝口たまみ作、山口哲司絵)

 

『みちてはひいて』(溝口たまみ作、山口哲司絵)より。思わずじっと目を凝らして見つめてしまう。

 

山口氏:『みちてはひいて』の絵は、日の出前から真夜中の干潮まで、冬の海を丸1日取材して描きました。めちゃくちゃ寒かったのですが、探すといろいろな生き物がいました。「ちいさなかがくのとも」は、科学絵本なので嘘は描けない。ものすごく細かい取材をしました。

 

――『かめむしかあさん』で、どちらかというと嫌われもののかめむしを題材に選ばれたのは?

 

山口氏:『かめむしかあさん』は僕が企画しました。描いたのは「エサキモンツキノカメムシ」というカメムシ界のアイドル。背中にハートマークがあってめちゃくちゃかわいいんですよ。このカメムシは、梅田のオフィスビルの下にある街路樹、ハナミズキで偶然見つけて取材しました。昼休みにOLさんがお弁当を食べているような場所で、「なんかいるような気がする」と思ったら本当にいたので、「おった!」と大きな声を出して周囲の人をびっくりさせてしまいました(笑)。ハナミズキの葉の上で、お母さんカメムシが生まれた卵を守っていたんです。

 

卵を守るお母さんカメムシを見守る子どもの表情が山口さんに重なります。

 

――「一生懸命卵や子どもを守る姿を見ると、子を思う気持ちは私たちと同じなんだなと感じます」と書かれていますね。

 

山口氏:生き物の生態を見ているのは本当に面白いです。こんな小さな虫でも、やっていることは人間と同じなんですよね。

 

永観堂の四季を描いた絵はがき

 

左上から時計回りに「山桜に御影堂の大屋根」「放生池越しの伽藍と東山」「錦の彩りと阿弥陀堂」「白雪の鶴寿台と多宝塔」(すべて原画)

 

――立教開宗記念絵はがきのテーマはどのように決められたんですか?

 

山口氏:5枚セットだから、1枚はご本尊のみかえり阿弥陀さま、4枚は春夏秋冬を描くことになりました。「四季の絵はがきには生き物を入れて描いてほしい」というリクエストをいただいたので、古方丈(書院)の欄間から抜け出したと伝えられている「抜け雀」や、季節ごとの生き物を合わせています。

 

春は空を飛ぶツバメ、夏は永観堂にもいるモリアオガエルを描きました。すごく細かいのですが、ハグロトンボもいます。秋は抜け雀とコオロギ、冬は椿の蜜を吸いにくるメジロを描いています。

 

右手前の水路にハグロトンボが描かれている

 

――絵はがきを並べて見ると、屋根瓦の塗り分けなど全体のデザイン性も統一されていて美しいです。画題となる風景はどんなふうに決められたのですか?

 

山口氏:春と秋にそれぞれ取材に伺ったのですが、改めて境内を歩いてみるとすごく広いんです。かなり試行錯誤しながら季節ごとに描く場所を決めて構成しました。また山に沿ってお堂が建てられていて、自然と一体化しているのにもびっくりしました。「生き物を入れて描いてほしい」とリクエストいただいたことにも納得しましたね。

 

実は、取材のときはひとりで来てあちこちの写真を撮っていました。自分の目で見て気になったところを描くほうが面白いかなと思ったんですね。でも、ご本尊は撮影禁止でしたので、後日あらためて永観堂さんにお願いして拝見させていただくことになりました。

 

みかえり阿弥陀さまを描く難しさ

 

――永観堂のご本尊「みかえり阿弥陀さま」はどんなふうに描こうとされたのですか。

 

山口氏:これまで風景画の一環としてお寺や神社を描いたことはありますし、仏さまを描くのも初めてではなかったんです。ところが、みかえり阿弥陀さまはこれまでにないハードルの高さ、難しさを感じて緊張しました。

 

ご本尊 みかえり阿弥陀さま|目で見る、そしてこころで観る 仏の慈しみ。

 

――みかえり阿弥陀さまを描くにあたって、どんな難しさがあったのでしょうか。

 

山口氏:今回の絵はがきは、「立教開宗850年」を記念してつくられるものです。ご本尊を大事に思う人たちがご覧になるものですから、あまりかわいらしく描くことはできません。とはいえ、仏像はリアルに描くと僕の場合は怖くなるんです。「みかえり」という特徴をどう表現できるのか。他の四枚とどうトーンを合わせるのか?「できるかなあ」という気持ちはありました。

 

――仏像としての色や質感はリアルに、後背は模様をなくして光そのものとして描かれていますね。何よりもお顔のやさしさ、実物から感じる印象に近く感じました。

 

山口氏:まずはちゃんと見てみようと思い、みかえり阿弥陀さまを拝見させていただくと、思った以上にやさしくてふわっとした雰囲気を感じたんですよね。何よりも、みかえり阿弥陀さまから感じた雰囲気を表現することに腐心しました。

 

850年という歴史の節目に関わって思うこと

 

――原画を拝見して、絵はがきとあまり変わらないサイズで描かれていることを知って驚きました。夏の絵はがきのハグロトンボもそうですが、お堂の格子や秋の絵はがきで描かれた阿弥陀堂の幕の久我竜胆の紋などは非常に細密に表現されています。

 

山口氏:阿弥陀堂の紋は「さすがに白抜きするのは無理だから、データでつくって組み合わせよう」と考えていたのですが、「やっぱり、やってみよう」と思い直して描きました。歳とともに目が悪くなるのに、絵の方はどんどん細かくなっていくんです。

 

――最後に、立教開宗850年記念絵はがきの原画を担当したご感想を伺ってみたいです。

 

山口氏:850年という長い歴史をみなさんでつないでこられたという重みを感じました。その節目となる事業に関わらせてもらうこと自体がすごいことで、誰もが経験できることではありません。イラストレーターの仕事をしていてよかったと思う瞬間ですね。

 

――ありがとうございます。記念絵はがきをたくさんの方に手にとってもらいたいと思います。

 

(取材・文・撮影、杉本恭子)

 

※山口哲司さんによる立教開宗記念絵はがきは、寺フェス(令和5年10月14・15日)ならびに慶讃法要(令和6年4月21~27日)期間中限定で永観堂にて購入頂けます。販売価格は5枚セットで500円(税込み)です。